啄木の歌碑

函館の青柳町こそかなしけれ
 友の恋歌
  矢ぐるまの花
 と、歌碑には書かれている。この碑は啄木の青柳町時代を記念して、昭和28年(1953年)の4月に建てられた。石に刻まれた文字は、啄木の自筆を集字拡大したものだ。この碑は全国に数多くある啄木の歌碑の中でも、特に美しいものだと言われている。
 石川啄木は明治時代の有名な詩人だ。彼が函館に来たときに暮らしたのが、函館公園のある青柳町である。啄木が函館に滞在したのはわずか132日間だが、生前に「死ぬ時は函館で」と語るほど、函館を気に入っていたそうだ。彼は東京で肺結核により死亡しているが、啄木一族の墓は、彼の義弟宮崎郁雨によって函館の立待岬に移されている。墓には「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」と書かれている。
5月28日14時14分
函館公園