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日本最古の観覧車

函館公園「こどものくに」に設置してある観覧車が、日本国内で稼働する現役の観覧車としては最古であると言われています。
この観覧車は1950(昭和25)年に七飯村(当時)の大沼湖畔東大島に設置され、当時は空中遊覧車と呼ばれ、1965(昭和40)年に現在地に移設されました。
 ちなみに「こどものくに」が開園した月は5月です。営業期間は、毎年3月下旬から11月中旬まで雨天の日を除き、無休で行われております。写真には記載されていませんが全11機種の遊戯施設があります。
 自身の周辺に小さなお子さんがいるのならばぜひ立ち寄ってみてください。派手な遊戯施設はありませんが、のんびりとした場所です。きっと彼、彼女たちの笑顔に出会うことができるはずです。
 また、観覧車に乗ってそこから見える町と立待岬を見ながらゆったりと過ごすのもいいと思います。安全面は、問題ありません。月1回の定期整備、繁忙期前のチェック、国指定検査を年1回必ずパスしています。
5月28日14時21分
函館公園内こどものくに

小さな動物園

 函館公園の遊園地「こどものくに」の奥には、小さな動物園がある。調査日は悪天候だったが、子供連れの家族で動物園はにぎわっていた。動物園では鳥類が多く飼育されていて、インコやオウムなどの身近なものから、オオワシ、インドクジャクなどの珍しい鳥までたくさんの種類の鳥がいた。
 写真は、キジ目キジ科のギンケイ。「中国原産の鳥で、日中は地上生活中心の生活だが、夜は木の上で休み敵から身を守る」とのこと。
 また鳥類だけではなく、ヤギ、ヤクシカ、シマリスなどの獣類もいた。園の中央にいたのはミニチュアホースのさくらとラブ。子供が柵のそばに近寄ると、ゆっくりと柵の前まで近づいてくる。人懐っこい性格だ、と、柵にかかった看板に書いてあった。
 それぞれの動物についている説明の看板にも、大きな工夫があった。子供の目線の高さに、ふりがなつきで、わかりやすい文章で生態や特徴が書いてあった。また、看板が2枚重ねになっていて、上の看板をめくると動物の秘密が出てくる、といった楽しい看板もあった。

5月28日14時27分
函館公園内動物園

啄木の歌碑

函館の青柳町こそかなしけれ
 友の恋歌
  矢ぐるまの花
 と、歌碑には書かれている。この碑は啄木の青柳町時代を記念して、昭和28年(1953年)の4月に建てられた。石に刻まれた文字は、啄木の自筆を集字拡大したものだ。この碑は全国に数多くある啄木の歌碑の中でも、特に美しいものだと言われている。
 石川啄木は明治時代の有名な詩人だ。彼が函館に来たときに暮らしたのが、函館公園のある青柳町である。啄木が函館に滞在したのはわずか132日間だが、生前に「死ぬ時は函館で」と語るほど、函館を気に入っていたそうだ。彼は東京で肺結核により死亡しているが、啄木一族の墓は、彼の義弟宮崎郁雨によって函館の立待岬に移されている。墓には「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」と書かれている。
5月28日14時14分
函館公園

旧函館市立図書館

公園の奥にある大きな建物は、旧市立函館図書館だ。今は閉鎖されてしまっているが、数年前までは多くの人が本を借りに訪れていた。蔵書の中には北方関係資料や啄木文庫など、特色のある資料も多かった。
 旧図書館の歴史は古く、今から105年前の明治39年、岡田健蔵氏が自宅に図書館を開設したのが始まりだ。その後函館公園の協同館に移され、私立函館図書館として市民有志たちの手で経営された。昭和2年、この鉄筋コンクリートの本館が竣工。昭和3年に、市立函館図書館として開館された。昭和九年の大火により、共同館は焼失したが、本館は無事で貴重な資料は燃えなかった。
 平成17年5月、市立函館図書館は閉館した。その年の11月に函館中央図書館が開館、市立函館図書館の蔵書は中央図書館に移された。
5月28日14時50分
函館公園

高田屋嘉兵衛像

 護国神社へと通じる高田屋通り、そこに函館山を背に高くそびえ立つ3.6メートルの銅像。帯刀し右手には松前奉行からの論書を、左手には正装に着替えた際に脱いだ衣装を持つ高田屋嘉兵衛像である。高田屋嘉兵衛は司馬遼太郎の小説「菜の花の沖」の主人公としており、またこの像を日本3大名像のひとつとしている。
 高田屋嘉兵衛は1769年淡路島(現在の兵庫県津名郡五色町)に百姓の子として生まれる。その後28歳の時に蝦夷、今の北海道に新たな可能性を見出し箱館に来航。箱館を本拠地として海運業を始めた。その後当時の幕府にその才能を認められ千島方面、現在の北方領土の航路を拓く命を受け、択捉島、根室に港を開き、巨万の富を得る。高田屋嘉兵衛は北方の航路を拓くだけではなく、函館の経済に大きく貢献した。
5月28日16時45分
高田屋通