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道内最初の郵便局

 この箱館郵便役所は明治5年(1872)7月に、道内最初の郵便局としてここに建てられた建造物である。
 この大町は、郵政史にのこる場所である。なぜなら、郵便制度創始者の前島密はこの地で学を修めた人物であり、また箱館戦争で活躍した幕軍総裁の榎本武揚は後に初代逓信大臣(郵政省の前身)を務めるなど、この地にとてもゆかりがあるからだ。
 写真中央にあるこの記念碑は、昭和54年(1979)6月に北海道郵政局長(当時)平林宏次氏が前島、榎本などの先人たちの偉業を称えこの碑を建てた。

4月29日・午前11時57分
箱館郵便役所前

荒廃の風景①

 ふとこの町の荒廃を印象付ける場所があったので撮影した。こういう場所はメンバーと一緒に移動していても多く目についた。殆どはシャッターが降ろしてあったりしていたが、ここまで破損しているひどい状態であったのがここだ。
 昔はこういう場所は一つもなかったのだろう、経済は潤っていてかなりの好況だからだと思う。しかし、平成に入って以降の景気は下り坂に入り、多くの企業が倒産した。賑わっていた町にはシャッターを下ろした店、だれも住んでいない売地となってしまった家が目立つようになった。明るいところと暗いところがはっきりとわかる街、それが今の大町なのではないか。
 この暗さを吹き飛ばす打開策はないのかとつくづく思う。こういう廃墟を取り壊して、何かに使えないのか、そう考えてもなかなか思いつかない。問題は日々深刻化している。

4月29日午後0時6分
中華會舘付近

荒廃の風景②

 線路に沿って移動していると「またか」とおもった。ここにもあった、荒廃を印象付ける場所が。人の気配がこのとき全くなかった。手前の薬屋は、わからないがたぶん誰も住んでいないのだろう。となりはスポーツ店をしているのか、していないのか見当がつかない。人が通らないからそういう風に解釈してしまうのかもしれない。この通りの殆どを、シャッターを降ろした店屋が占めている。
 この大町に人は少ない。この町の歴史的名所を大々的に紹介しない。町に活気が無い。
 撮影中にも車は1、2台しか通らなかった。
4月29日午後0時10分
大町と元町の境目

貴重な建物

 中華會舘は純中国様式の建築として日本に現存する唯一の建物である。
 函館から中国への海産物貿易が盛んの頃に在函華商が進行する三国時代(魏・呉・蜀)の蜀の武将である関羽(関帝)を祀る聖所として中国から大工・彫刻師・漆工らを招き、レンガ・祭壇も中国から取り寄せ、約3年の工期と巨費を投じて、明治43年(1910)12月に竣工した。ちなみに、この建物は社団法人函館中華会館の所有である。
 この中華會舘をはじめは、函館にある貴重な建造物かと思っていた。しかし、調べていくと国内唯一の建物と知り、これはすごい場所だと思った。この建物を大町が一丸となってアピール、宣伝していけばこの町(景気)の活性化にも大きく貢献できるのではないか。
4月29日午後0時28分
中華會舘前